今日は東大法学部の藏本さんが、「2015年の出版」というタイトルで発表して下さいました。
「ポスト新書戦争」と「ケータイデジタルコミックの今後」の二本立てでした。
「ポスト新書戦争」では、新書のこれまでと現在、今後の展望をお話しくださいました。
そもそも新書は、1930年代後半に岩波新書が生まれたことに始まり、「決まった体裁の書き下ろし本」という形の本です。初期の頃は、一流の研究者が執筆し、専門の編集者が編纂し、ロングセラー指向で回転の少ない書棚におかれ、大学生が購読する、というのが新書でした。専門性、信頼性が高く、高度な内容である、という認識がなされてきました。
しかし、社会情勢の変化に伴い、学生が、新書を難しくて読めない、あるいは無理して読まなくなってきて、新書市場は元気がなくなってきました。そうした中
で、90年代に岩波新書が『大往生』という、これまでの新書と比べて「軽い」本でミリオンヒットを出したことで、新創刊が相次ぎ、新書戦争が勃発します。
「新書=高度な内容、コアなターゲット、ロングセラー」という図式は崩れ、『バカの壁』が400万部売れるに至ったことで、さらに多くの出版社が新書に参
入し、新書戦争に拍車がかかりました。一流研究者以外の人間も書き手となり、雑誌の廃刊の波であぶれた編集者が編集に携わり、POPを置くなど「売れた本を売る」手法を書店が用い、読み手もビジネスマンや女性が増えてきました。
新書を出版する会社が激増し、発行冊数も大幅に増加したため、書店の棚の回転が速くなり、ロングセラー指向から短期ベストセラー指向へと移り変わりました
。時事性やインパクトが過度に求められる書物が増え、「気軽には読みにくいけれども粒ぞろいのラインナップ」から「玉石混淆」の状態へ移り変わり、「新書」のアカデミックなブランドの価値が落ちました。新書はもはや「資産」ではなく、雑誌のように「フローする情報」を流すチャネルになった、と考えられます。しかし、書き手、読み手の門戸が大きく開いたことで、これまで日が当たらなかった人間にも執筆のチャンスが増えた、という利点もあります。
とくに理系についての新書は、まだ創刊が続いており、若手研究者や科学コミュニケーションを志す人が世に出るきっかけになると考えられます。
そのように「新書」ブランドが大衆化してしまったことで、『双書Zero』、『河出ブックス』など、最近はソフトカバーの「選書」という形式での新創刊が始まりました。新書で入門の入門を読んでそこで終わっていた読者が、さらに知識の世界を広めていけるような読み方を身につけてほしいという気持ちが創刊の辞からうかがえます。これまでの選書には、研究書としての役割を担っているものもありますが、新創刊された選書は、初期の頃の新書のような、研究書と地続きになる深い入門書としての役割が期待されています。新書では割合時事的な話題を取り上げていた著者も、新創刊の選書では、フローではなくストックとして耐えうるだけの質を持った書き方をしています。選書に、新書にてある程度成功を収めた学問的な著者が移行して行くでしょう。新書は回転を早めるため、著者の発掘にますます迫られることでアマチュアの登竜門になるのではないかと期待されますが、全体としての新書の質は下がります。作品の淘汰も激しくなり、新書市場自体は現在よりも縮小されていくと考えられます。2015年には、選書のレーベルが新しく3、4個でき、逆に新書レーベルはかなり絞られていると考えられます。
次の「デジタルコンテンツ」の部分でも触れますが、「選書」は紙の形式でストックされ、「新書」は雑誌のように一過性の情報となり、デジタルデータとして読み流されていく、そんな未来も想像できるなと思いました。
「ケータイデジタルコミックの今後」
現在、徐々にケータイコミックが普及し、200億以上の市場規模に成長してきています。
しかし、ケータイの小さい画面というインターフェースの不十分さ、またコンテンツもアダルトが多くを占める、という偏りがあるため、まだ一般的ではありません。
逆に言えば、快適なインターフェースと質のいいコンテンツがあれば一気に普及する可能性を秘めています。
もうすぐ、PSPがデジタルコミックの配信を始めます。ケータイと比べれば十分に大きな画面、そして出版社と契約し、アダルトを閉め出した良質なコンテンツを準備しています。
PSPユーザーは1000万人を超え、海外ユーザーもいることから、これまでとはレベルの違うデジタルコミック市場が形成されていく期待があります。
将来的には、アマゾンのキンドルのような、より大画面の、デジタルコミック専用インターフェースが使用されていくだろうと考えられます。
現在のコミックは文章とは違い、コマ割りであったり細かい書き込み文字であったりといったとこまできちんと画面表示できなければ、快適に楽しむことはできません。
印刷前提のコミックをデジタルで快適に読むには、かなり解像度のいい大画面が必要です。
ガジェットが現在の形式のコミックが要求するレベルに追いつくか、もしくはコミックコンテンツそのものがデジタル配信しやすい形式に変化していくか。
今後はその両方が考えられると思います。
また、雑誌をキンドルのようなガジェットで読めればいい、という藏本さんのアイディアはなるほど!でした。
現在、ウェブで配信される雑誌もありますが、雑誌はどちらかといえばデスクに向かって読むよりは何かしながら片手間に読むことが多いです。
モバイルできるガジェットは見事に現在の雑誌の位置にそのままスライドできます。
女性誌などは広告が多すぎたりしてやたら重いという問題もありますが、デジタルならば一気に解消。
TGCでも取り入れられたように、雑誌を読みながら欲しいと思った服がそのままネットで注文できれば読者も雑誌も幸せです。
その点で、女性向けの電子インターフェイスと雑誌と連動したコミュニティサイトが、一つ大きなビジネスになるのではないかと藏本さんは推測していました。
電子辞書があっという間に普及したように、デジタルコンテンツも不可逆に普及するでしょう。
蓄積する価値のある「資産」と見なされる本は生き残り、ただの情報のフローはどんどんデジタル化されていくと思います。
今後の出版がどのようになるのか、面白い時代にいます。