今回は、東京大学大学院新領域創成科学研究科の榎さんが、「漆」と題して、大学院での研究を発表しました。
漆と一口に言っても、植物としてのウルシ、樹液としての漆、そして樹液を用いた漆器、と三つの異なる視点がありますが、特に漆器の歴史についてお話いただきました。
ウルシから採った樹脂を木や竹に塗り重ねた漆器は、現在、高価な工芸品と安価な日用の大量生産品とに分化しているそうです。大量生産品は、安価な中国産の漆を用いた製品が99%を占めています。「japan(英語で漆器の意)の素材はChina」といえます。中国産の漆は、安価な反面、日本の漆よりも不純物が混じりやすいそうです。大量生産品には、ウレタン樹脂を表面に塗った製品も普及しています。
漆の日常生活用品への利用は、弥生時代に中国から渡来したと考えられてきましたが、縄文時代の遺跡に漆の利用が確認できることが分かってきたといいます。縄文時代に既に、作るのに手間のかかる漆器を担当する職人がいたと解釈できます。『日本書紀』には「塗部造」という言葉があり、奈良時代には漆職人集団を統率する役所・役人の存在していたことが確認できます。その後、平安時代には貴族の用具として定着し、鎌倉時代にはゴツゴツした鎌倉漆器が開発されて武士にも普及し、輸出品にもなりました。江戸時代には、いくつかの藩が財政を助ける商品作物として生産を奨励しました。特に蒔絵が施されたこの当時の漆器は海外でも評価が高く、「私にとって重要なものは、ダイヤより漆器よ」と、フランス王妃マリー・アントワネットの母、マリア・テレジアに言わしめたほどです。
高価な工芸品と安価な日用の大量生産品とが決定的に分化するのは、漆器の大量生産が始まる明治時代だそうです。耐久性のない粗悪品が出回って、漆器に使いにくいイメージが定着する結果になったといいます。
明治時代以前から続く製法で職人が丁寧に作った漆器は、軽くてツヤがあり、日用に十分な耐久性があるそうです。
会場では、榎さんが持ってきた、伝統的な製法で作った漆器や工芸品を参加者が鑑賞しました。
近年は、日用の漆器が復興する兆しがあるそうです。漆を塗り重ねる際に、下層に安価な中国産の漆を使い、上層に不純物の少ない日本産の漆を使う工夫も広がっています。
漆器の向こうに国際経済や歴史が見えて、伝統とは何か、伝統と産業との関係はどうなっているのか、考えさせられる会になりました。