今回は東京大学大学院農学生命科学研究科の清水さんが、学生プロジェクトと大学という題で、プロジェクトのきっかけ、そこで行われた活動、他専攻とのコラボレーションについて詳しく説明し、学生が行動を起こすことのメリット・デメリット、そして教育のあり方について思うところを話してくれました。
舞台は、清水さんが学部時代に在籍していた筑波大学。南北に伸びるキャンパスの間を抜けて流れる天の川。噴水を写しつつ中央図書館を撮った写真はホームページにも掲載されていて、まさに大学の顔というべきその場所では、毎年夏になると緑色の藻やヘドロが浮かび上がってきて、見た目に汚く、においが漂うという問題が生じていました。
そのためオープンキャンパス前になると清掃されるなど、場当たり的な対応がとられてきたようですが、そこに問題意識を感じ、学部1年次の農業・環境関連の問題について自由にプレゼンを行う形式の授業でこのテーマを取り上げた「天の川プロジェクト」が反響を呼びます。そこから自分たちで何とかしようという流れとなり、清水さんも参加して活動開始となります。そしてすごいことに、その活動をアートプロジェクトデザイン演習という授業の一環として行い、単位ももらったということです。
また、実際の行動としてまずは泥かき出しなどの清掃活動を行ってそれなりに結果は出せたものの、せっかく大学にきて、生物系の学科にいるのだから授業で習ったことを活かしたい、いろんな専攻が集まる総合大学であることを活かしたい、といった思いから学科横断的に科学的な解決を試みたことです。
活動は、調査から始まります。まず、生態調査によって人工の景観目的の循環池のため川なのに葦が生えてくる、実験の余りのざりがにが放たれるなど、独特の生態系が形成されていることが判明します。そして、よどみがあって流水がうまく循環していないという問題、その原因となる老朽化したポンプや落ち葉の影響に気付きます。また、水質調査を行ったそうですが、まず仮説を立てたうえで水質調査の研究室に協力をあおぎ、なんと授業の一環ということで実験費用を出してもらえたそうです。
特定藻類大量発生原因の仮説として、化学的要因では栄養塩が多いこと、物理的な要因では日照が多いこと、生物的要因では特殊な生態系をあげ、実験は1年間にわたって行われました。その結果、水質はそれほど悪くないものの水温が通年で高く、捕食者、分解者がいないのでヘドロが溜まり、競争相手がいないため大量発生のサイクルで糸状藻類が優性になっていることが分かりました。次に、活動内容を広く伝える手段としてのワークショップの話にうつります。ワークショップは天の川学会と称して大々的に行われ、専門の先生たちに来てもらって川の利用を訴えたそうです。このときに芸術専門学群の方々といっしょに活動する中で、プレゼン方法の違いに気づいたという話は印象的でした。芸術専攻の学生たちは視覚的にパっとわかる、視覚に訴えたスライドを作っていたとのことで、非常に興味をひかれました。灯篭流しやライトアップもしたそうで、写真で見せてくれました。
ここで、授業の中で行うことのメリットとデメリットの話になります。メリットとしては、学校側のバックアップがあってなんと予算が1000万円ついたこと、またつくばに数多くある研究所の内部にアポを取って入れるなど、専門家の意見を得やすいことを挙げていました。逆にデメリットとしては、時間拘束と結果責任を挙げていました。企画書づくりなど、テスト中だろうが何だろうがやらねばならぬ雑務が多く、最後にはやはりコアメンバーが残ったということでした。また、予算がついている以上目に見える結果が必要であるものの、責任はとれないという難しさがあったようです。
そうして、具体的に行った対策について詳しく説明してくれました。理論的な詳細は省きますが、老朽化したポンプを更新する、糸状藻類が優性にならないよう日陰を作る縁石を設置する、藻類が礫にぶつかって育ちにくくなるよう底へ礫材を導入する、そして流すときはいっきに流すために可動堰を設置する、など溢れた部分のみが流れるようにしてよどみを少なくする方法を取ったということです。結果、期待していたほどではないものの、かなり目立たなくはなったとのことです。
この活動を通じて感じたこと。それは清水さんが所属する生物資源学類と、コラボした芸術専門学類との、視点の違い。生物系の学生たちはそこに生物がいることに敏感であり、芸術系の学生がぱっと気付かない生物の存在にもすぐに気付いたそうですが、一方で芸術系の学生は生物系の学生が気付かない細かなフォントの違いによる気持ちよさに敏感であるなど、注目する部分の違いの話は印象的でした。芸術系の学生は、「利用」という側面から建築物を見るという話も興味深かったです。また、生物系の学生や先生たちの一部では、藻があって何が悪いと、生態系を人為的に選別することの是非を問う声もあったようで、視点の違いによる難しさも同時に伝わってきました。
こうした、人を巻き込んでいく活動を行ってきたことで、メンバーたちは就職内定が早かったそうですが、これにはさすがと思い、非常に納得しました。
最後に、「教育とは」というタイトルで、学びへの持論を話してくれました。「目先」でもいいから目的を持って勉強し習ったことを使う、それが使える(使えるように考えていく)と知りたいことが増える、いつの間にかみんなそれぞれの道を見つけている、といった話で、学びの1つの理想形であるととても納得しました。ただ、ここでそれがみんなに当てはまるものなのか、学生プロジェクトに参加するメンバーとは、といった視点から議論が起こり、とてもいい話合いになったのではないかと思います。世界規模での環境問題をどうこう言う以前に、大学という足元に存在していた皆が気づいてはいた問題を、自分たち自身で解決しようと動き出したこと。大学生であることの意味を考えて理論と実践の両面から多くの人を巻き込んで行った学生プロジェクト。学びの理想形を見るとともに、大学という場の持つ可能性の大きさもあらためて感じさせられた発表でした。<